転倒

ゴミ収集の日
家中のゴミを袋に集めて朝8:45
サンダルを履き、
玄関を出ようとした瞬間
ガタンっと音がした

何か物が落ちたのだろうかと思ったら
「みーちゃん!!」
と悲痛な叫び声がした
駆けつけると母が床に座り込んで
動揺している

「転んだ…
絨毯に靴下が絡まって
空気清浄機に頭と胸をぶつけた…」

見ると右前頭部が腫れて
徐々にゴルフボール大の瘤が出来た
すぐに起き上がろうとする母を制し
ベッドに寝かせ
氷のうで冷やす
こんなに内出血しているのに
痛みは無いという
めまいも吐き気もない
ただ動揺している
涙目の母
怖かったのだろう
私は、冷静を保たねばならない

病院に電話、
朝10時までに
脳外科で受付しなければ
今9:30
救急車を呼ぶか
いや、タクシーで行く

家の前の大通りに出る
タクシーがつかまらない
配車の電話もするがつかまらない
イライラが募る
母の手を握る力がつい強くなってしまう

大丈夫、大丈夫
意識はあるし
話せているし
手足の震えもない

10時の受付に間に合う
脳外科医は
一見しただけで
「もうこれは様子を見るしかないですね」
とだけ言った
触れることなく
CTをとる提案もなく
痛み止めの薬も
普段から服用しているものでいいとのこと
(打った時に痛みを感じないのも
すでに痛み止めを飲んでいるからかも)

緩和ケア科の担当の看護師に相談
CTをとらないのはおかしい!とのこと
予約優先なのでまだしばらく時間がかかる
とのことで、宏ちゃんが来たので
私はタイムアップ

2時間遅れで仕事に行く
すでに疲れた

無題

昨夜のこと。

仕事が終わって夜10時。
スマホを見ると、
午後3時に母からの着信アリ
留守電もメールもない。
何事かと思い、すぐさま電話する。

あぁ。みーちゃん。
ごめぇん。なんでもないの。
解決したの。もう大丈夫なの。

「え?なんだったん?」

なんかねぇ。急にねぇ。
歌手の名前が思い出せんで
イライラして。
もう、無性にイライラして
眠れなくなってねぇ。
でも宏ちゃんが思い出してくれた〜。

「なんだそりゃ…
なんかあったんかと思うたよ」

ごめん。ごめん。大丈夫よー。

帰宅して誰の名前を思い出せなかったのか
問うたところ、えーっと、誰だっけ…
と、また思い出せずイライラし始める。
ふとテーブルの上に置いてある
広告の裏のメモ書きを母が見つけ

ああ!シルヴィ・バルタン

と小さく叫んだ。

「良かったね。思い出せて。
ce soir je serai la plus belle
pour aller à danser…」

と歌ってみせると

そう。それそれ。
と言った。

もう、寝るね。と母が言い、
「分かった。私は軽くごはん食べて寝る」
と、夜食の準備をしていると
突然血相を変えた母が台所にやって来た。

また来た…!
みーちゃん。どうしよう…。

というので、2日前と同様、
強過ぎる薬の副作用で
嘔吐するのかな…と身構えていると

ほら!
すごく歌の上手いフランス人の女の子で
ママが前にCD買って
みーちゃんに貸してあげたやつ!
あの子の名前なんだっけ?!
あぁ!すごい!イライラする…!

と言い出した。

なんなんだ、この症状は。

「待って。調べるから」
と落ち着き払って応えると

さすが、みーちゃん!
みーちゃんが居てくれて良かった!

と感動される。

「私が居てよかったし、
なによりiPhoneを作った
ジョブズに感謝だね」
と気取って言うと

ホントだ。ホントだ。感謝だ
と言った。

母が知りたかったのは
ZAZという
モンマルトルの街角で歌って
有名になった歌手だった。

一体なんだってフランスの歌手を
思い出したがったのだろう。
母の脳にどのように作用しているのだろう。
何はともあれ、母はまだ
しばらくは逝かないだろうなぁと思った。

…と、ここまで書いて思い直す。
今まで大好きだったヒトやモノの名前を
思い出せなくなるのって
辛いことだよなぁ、と。
山口晃や神田松之丞の名前が
咄嗟に出てこなくなるのを
想像すると、ゾッとする。

思い出そうとする気力があるだけ
いいのかもしれない。
そのうち、きっと、
考える力も無くなっていくのだろうな。

今を生きよう。楽しもう。
こうして、youtube
ZAZの歌声を聴きながら
ひとつひとつ好きなモノを噛み締めれたら
それでいいんだ。

2つの病院

22日月曜日に初めて行った病院での対応がとても良かったようで安心した。主治医になってもらえて、今後入院が必要になった際も受け入れてくれるとのこと。今までの医者が言ってもうまく理解できなかったことでも、心を許した先生が言うと納得していた。人に対してもこだわりが強いので、相性が良い先生に巡り会えてよかった。

一方、25日早朝に片道2時間かけて訪ねた東京都下のあるクリニックは、一言でいうと『残念』だった。自費診療で代替療法を行うのだが、問診の時点で治療をしても望む結果は得られないだろうとのこと。「あと、半年早ければ。痛み止めを飲んでいなければ」惨いたらればだなぁ。その療法がいかに素晴らしいのか院長は講演会のように延々と語っていたのだが、手遅れならもう聴いてもしゃあない。途中で切り上げて帰った。

母がなんとしてもこのクリニックに行きたいのだと泣いて懇願していたのだが、手遅れと言われても別段動揺している様子はなかった。ただ、疲れた。と言った。ベストを尽くしたとも思えないけど、まぁ、試してみたいと思ったことが駄目だったと分かっただけでも悔いは残らずよかった。

帰りは更に渋滞して3時間半かかった。途中でコメダ珈琲店でモーニングを食べた。久しぶりのコーヒー、バター付きの厚切りトースト、コロッケ、たまごサンドを食べていて内心驚いた。何を食べていいのか悪いのか分からない、と嘆いていたのに、主治医に何でも食べられそうなモノを少しずつでいいから食べなさいと言われて気持ちが変わったようだ。

生きること、死ぬこと、食べること。について、毎日考える。考えはまとまらない。

無題

泣いてもなんの解決にもならないと分かっているのに、泣いてしまう。仕事から帰る電車の中でも、母と同じ世代の、道行く見知らぬ人を見ても、このブログを書きながらでも、涙が止まらない。悲しいから、泣いているのだろうか。自分でもよく分からない。

死は果たして、泣くようなことなのだろうか。離ればなれになること、もう二度と会わないこと、自分を知ってくれている人が居なくなることは悲しい。話し相手が居なくなるのが寂しい。それは結局エゴなのだろうか。死んでもなお、故人に話し掛けると応えが返ってきそうな感じは、結局他己の形に替えた自己との対話の一種なのかな。

この世を離れて違うところに旅立つことは、喜び祝うことなのかもしれないとも思う。特定の信仰を私は持たないけれど、こういう時に宗教は頼りになるのだろうなぁ。

泣いた後はスッキリする。マスターベーションのような、解毒と快感と疲労感。悲しいと思いながら涙を我慢したり、涙を流すことすら忘れるほど感情を殺していると、首や喉や肩甲骨あたりが酷く詰まった感じになる。

泣こう。泣いてもいいや。電車でも、道端でも、人前でも。もう、隠し事をしたくないのだよ。どう思われようと、もう、いいや。

無題

思い残したこと
やっておきたいこと
連絡を取りたい人はいないの?

と訊いたら、

なんにもない。
もう十分。
みーちゃんと住むことが私の希望だった。
最後にみーちゃんと暮らせてよかった。
と言った。

「みーちゃんが良い人でよかった。
世の中には、親が死に目にあっても
会おうとしない子供がいる中で
みーちゃんはちゃんと
親を見捨てず大事にしてくれて
向き合ってくれる人で良かった。
大人の女性で立派に暮らして
賢くて安心した。」

いつもは意識が朦朧として
たどたどしくしゃべるのに
泣きじゃくる私を諭すように
明朗な発音で言った。

少しだけ、救われた。
私は思い残すことばかりだよ。
後悔しても、しきれない。
もっと、もっと、もっと。

「私は幸せ。ラッキーなのよ。
みーちゃんもラッキー。
若いうちに、独り身のうちに
親が居なくなってラッキーよ。
自分が老いてから、家族に気を遣いながら
老いた親の面倒見ないで済むんだもん。」

モノは考えようだな。
さすが、私の母だわ。

宏ちゃん

昨日職場の人に、初めて母のことを話した。
なんと声を掛けたらいいか、
とても戸惑っていたようだったが
なんでも相談して。
なんとでもなるんだから。
親は大事だから。
と、力強く言ってもらえて
ほんの少し心が軽くなった。

帰宅がいつもより遅くなった。
締まっているはずの玄関の鍵が開いていて
締め忘れたのかなと思いつつ
様子を見に母の部屋に入ると
深刻な面持ちの母がベッドに座っていた。

「さっきね、1時間前、
急にお腹が痛くなってね
動けないほどの、今までにない痛みで。
宏ちゃんに電話したらね
今から来るって」

ああ。
だから玄関のドアを開けておいたのか。
宏ちゃんは20年来内縁関係にある人だ。
我が家から電車で2時間の所から
ほぼ毎日、母の様子を見に来る。

夜中11時過ぎ、宏ちゃん到着。
とてもとても心配そうな顔をしていた。
宏ちゃんはいい人だけど
口臭も体臭も煙草の匂いが染み付いていて
私は少し苦手だ。

10分位話して様子を伺って
安心したのか
もしくは居たたまれなくなったのか
宏ちゃんは帰った。

母は強い痛み止めを飲んで
眠りについた。

母が居なくなった後のことを
色々と考える。
この家に住み続けるのか。
母のモノはどうしようか。
宏ちゃんとは繋がりを持ち続けるのか。

セブンイレブン

塩麹で作った鶏ハムと、完熟のアボカドとプチトマトと、自家製のマヨネーズと粒マスタードを塗った天然酵母胚芽パンでサンドイッチを作った。朝イチで、母のリクエストで作った。夜帰宅して「ごめんね。一口も食べられなかった」と言われた。うん。仕方ないね。無理しないで。

 

煮干しと昆布と鰹で取った出汁で、麺つゆを作り、鍋焼き素うどんを作った。食べてくれたけど、残した。謝られた。うん。仕方ないね。麺が硬かったんだね。

 

ねぇ。みーちゃん。セブンで冷やしぶっかけうどん買ってきて。あれなら食べられる。煮込めば柔らかくなるし、つゆが美味しい。

 

ねぇ。みーちゃん。セブンで、春巻きとコロッケとグリーンサラダ買ってきて。スーパーのお惣菜じゃなくて、セブンのがいい。セブンのなら食べられる。

 

 

セブンイレブン。すごいね。もう、セブンでいいね。セブン最高。近くて便利。いい気分。