不動産屋さん

8月に入り、
様々なことを片付けて
前に進んでいっている。

引越しを決めた。
この一軒家に1人で住み続けるのは
やはり何かと辛い。

不動産屋さんに退去を申し入れた。
理由を話すと、担当の方が
ご自身の親を亡くした時の話をしてくれて
励ましてくれて、泣くつもりなかったのに
涙があふれた。

「たった2ヶ月しか一緒に住めなかったけど
最期に親孝行が出来て本当によかった
18歳から離れて暮らしていたから
料理を作るのも家事をこなすのも
驚いて喜んでくれて
きっと安心してもらえたと思います
短い契約でご迷惑をお掛けし
申し訳ありません。
貸してくださりありがとうございました」

担当の方も泣いていた。
頑張ってくださいね。お身体大切にして。
と言ってくださった。

これまでの私と、今の私は
随分と違う気がする。
あいかわらず脆いけど、
強さと柔らかさが身に付いたのかなと。
弱さを見せてもいいのかなと。
それにつけ込んだり見下したり
憐れんだり離れていく人のことも
まあ、そんなもんだよね、と赦せる。
そんな人はごく少数で、
たくさんの人が
手を差し伸べてくれたり
温かい言葉を掛けてくれた。

私はひとりぼっちになったけど
1人で生きている訳ではないのだなぁと思う。

新しい部屋を借りるにあたり
保証会社を使うので
保証人は不要だった。助かった。

この先、どうなるんだろうなぁ。
不安だけど、それは親がいてもいなくても
例え、恋人がいてもいなくても
仕事をしていてもしてなくても
先のことを不安に思えば不安なだけだ。
大体、不安が無い人間は駄目になる、と
燃え殻さんが言っていた。
その通りだ。

「自分の幸せに責任を持て」
という言葉が好き。
私の人生、私が主役だ。
私が私のことを幸せにする。

無題

入院する前日、マッサージチェアに座る母に気分転換にと、タブレットYouTubeちあきなおみ中森明菜の歌を流したけど、あまり乗り気ではなかったね。痛みや気持ち悪さで、そんな気分ではなかったね。(自分が死ぬ間際、どんな音を聴いていたいだろうか。)

 

みーちゃんは最近どんな音楽を聴くの?って不意に尋ねられて、うーん、って考えている間にすぐに違う話題に移ってしまってちゃんと答えを挙げられなかったことを後悔している。

 

今年、小沢健二が復活したんだよ。相変わらず好きなんだということを教えたかったな。東京スカパラダイスオーケストラも今も好きだよ。谷中さん、今も好き。西武のクラランスで見かけたの、かっこよかったよね!中学生の時、キャバレーでライブあったの、付いて来てくれたね。パルコの前でゲリラライブ観たのも楽しかったね。

 

あとはね、宇多田ヒカルも最近良さがようやくしみじみ分かった。聴かせたかった。聴かせてあげれば良かった。もっと、もっと、色んなことを教えてあげたかった。

 

もしママが生きてたら、自分の趣味のよさを自慢する。話したいなぁ。話したいよ。今、私が大好きなモノのことについて。あぁだこぅだと言われたい。

 

 

 

会いたい。ママ。どうして死んだの。死ななくても良かったじゃん。こんなに楽しいことが溢れている世界なのに、どうして死んだの。どうして自分が味わって嫌だったことを私にも味あわせるの?酷いよ。悲しいよ。恋しいよ。私はひとりぼっち。分かち合える人が居ない。寂しい。どうしたらいいの。

 

(ワインボトル半分空けたらこの様。号泣。でも飲まずにはいられない。え?アル中なのかな。いやいやいや。)

恵比寿

22日、久しぶりに恵比寿に友人達と焼肉を食べに行った。端々に見えるさりげない心遣いがありがたかった。

恵比寿は母との思い出が深い街の一つだ。母の誕生日に、お気に入りの中華料理店でフカヒレを食べた。かなり症状は進んでいたにも関わらず、かなりの量を食べていた。美味しい、美味しい、と。ランチのセット以外に、単品で大好きな春巻きも追加で注文した。母に一緒に暮らそう、と切り出したら、涙を浮かべて喜んでくれた。もっと早く決断していたら、もっと長く生きてくれたのでは、と、何度も何度も思う。

焼肉屋に向かう途中で、履いていたサンダルのストラップが取れてしまった。取れた瞬間、母の仕業かもしれない、と咄嗟に思って苦笑いした。(心霊現象とか、こじつけだ思っているのだけど、あらゆる事象に母の存在を見出してしまう。でも、そんなもんだよね。茄子や胡瓜に爪楊枝挿して飾るのとか、そうゆうものじゃん。)

履いていたサンダルは母のモノだった。黒の総レースのワンピースも、黒のエナメルのバッグも、母のモノ。最近の私は、母の服を着てみて着心地を確かめては、これは「使える・使えない」「棄てる・取っておく」を判断している。

サンダルが壊れた瞬間、悲しかったけど、同時に安堵した。棄てるのを躊躇っていた靴達を、ちゃんと成仏させようと決心できた。棄てるという行為はかなりエネルギーを消費する。もしかしたら使えるかも、と取っておくことは楽だ。とりあえず思考停止できる。でもそれは問題の先送りだ。いつか向き合わなくてはいけない。

サンダルのストラップが壊れて右足を引きづる姿を母が見ている気がした。「大事にママのものを使ってくれるのはありがたいけど、新しいちゃんとした靴を買いんさい。お金ちゃんと渡してあるでしょ。飲み屋や落語をほっつき歩かないで、オシャレで女性らしい良い格好して、いい男をゲットしなさい!」母のお説教が今も聴こえる。

最後にフカヒレを食べた日も、ちょっとお茶していく?洋服とバッグと靴、一緒に選びに行こう?って誘ってくれた。私はそれをなんだかんだと言い訳を並べて断った。あの時、甘えておけば良かった。甘えることが親孝行だなんて気が付かなかった。もう、私に本当に似合うモノを勧めてくれる人は居ない。私の本当の良さを知ってくれる人。私の嗜好を知ってる人。掛け値無しに自分の稼ぎを注ぎ込んで喜んでくれる人はこの世に居ない。

焼肉屋待ち合わせ30分前ぽっちでは、自分の好みの靴なんて見つけられない。買い物が苦手なんだ。本当に心底欲しいと目星を付けて買わないと駄目な性分だから。ママがいたら、ハイ!コレ!って決めてくれるだろう。

寂しいよ。このブログを書く時は決まって1人で飲んで酔っ払っている。泣きながらスマホのメモに打ち込んでいる。居酒屋で、電車の中で、家の骨壷の前で。普段は割と落ち着いていて、気持ちの整理がついたと思っているけど。駄目だな。一人酒辞めたい。辞められないんだけど。

何が言いたいのか分からなくなった。焼肉は美味しい。友達はありがたい。自分らしい服装をすることは大切。オシャレしたらいい男をゲット出来る。

月命日

昨日は月命日だった。私は23時に帰宅したら、冷蔵庫に鰻の蒲焼きがあった。月命日だから奮発しました!と宏ちゃんの置き手紙。

私は、このところ毎日、納骨する場所について考えている。相変わらず、ふとした時に泣いている。乗り越えられるのだろうか。乗り越えるものでもないのだろうな。ずっと抱えながら、忘れないで生きていくんだろうな。

引越しもしなくては。不用品の買取や回収も頼まねば。仕事も色々あって。んー。

時々、自分の身に起きたことのように捉えることが出来なくなる。なんか、傍観してる感じ。

無題

今日は早番だったので20時前に帰宅したら宏ちゃんがいた。暑くて汗だくで疲れ果てて気持ちもボロボロの私は、宏ちゃんがテレビを観て夕食だというバタートーストにハムを乗せただけのモノを食べるのを見て腹立たしかった。シャワー浴びたい、買って来たホタテと冷蔵庫に買い置きしてあるズッキーニでトマト煮を作りたい、洗濯したい。でも宏ちゃんがいると、思うように動けなくてイライラして計画が潰れてまたイライラする。

冷蔵庫の果物とか食べてね。と言ってくれたが、はあ…。あまり、食べる時間もなくて…と小さい声で答え、ろくに話さず、2階に行く。イライラする自分が悲しくて泣けてくる。

宏ちゃんが早々に帰る気配がしたので呼び止めて、墓をどうすればよいか悩んでいることを伝える。流れで、引越しのこと、遺品整理のことも話す。私は疲れ切っていて、精神的に悪くなっていて、宏ちゃんは割と落ち着いてきたそうな。悲しみの度合いも如何に乗り越えるかも、人それぞれで比べるものではないが、温度差が辛い。

葬式では宏ちゃんにあまり涙を見せなかったし、責めるようなことも言ってこなかったけど、今日は泣きながら恨み言を伝えた。直接的に言えないけど。私は怒っている、気分が悪いことを、隠さず示してみた。

頼りにならない。頼りにしない。私は私で決めよう。強かに。健かに。強く生きるんだ。

無題

もっと、もっと、母に甘えればよかった。ぎゅーって抱き締めてもらいたい。よしよし、って背中をさすってほしい。

母の温もりを思い出す。声を上げて泣く。会いたいよ。ママ。今何しとるん。マーニに会えた?私もそっちに行きたい。ママとマーニに会いたい。