父の日

2017年6月18日2時40分、母が死んだ。父の日に、母が死んだ。強くて逞しくて美しくて面白くて料理上手で世話好きで健かで、よく笑い、よく泣き、愛し愛された母が死んだ。

 

死んだけど、いつでも話し掛ければ近くにいる。私は特定の宗教を持っていないけれど、母を心の拠り所に生きてみようと思う。人生を味わい尽くしたい。したいことをする。行きたいところに行く。逢いたい人に逢う。食べたいものを食べる。授かったものを使い切りたい。大丈夫。私は大丈夫。大丈夫。

無題

母が居なくなったら、母の恋人とはどういう距離感で接すればいいのだろうか。今でさえ、微妙なのに。

無題

明日、母が入院する。
今日の午前中に、入院を決めた。

一昨日から食事の量が減ったこと。
トイレに1人では行けなくなったこと。
夢と現実の違いが分からないこと。
突然脈絡のないことを言うこと。

これらの症状を医者に伝えると
末期特有のもので
あと数週間、6月越せるかも危うい
とのこと。
在宅でのケアも可能ではあるが
病院での最期を勧められた。

母は
トイレが1人で行けなくなったら
入院させてくれと言っていた。
食事が摂れなくなったら
点滴もせず、延命もしないで、と。

私は、母を尊重する。
いよいよ、入院か…と
さみしくもあり、少し安堵もあり。

せん妄なのか?脳への転移なのか
意味不明なことを言う。
「料理を出さなきゃ」
「お客さんが来る」とか
真夜中に急に歌い出すとか
「私の子供はどこ?」と娘の私に
心配そうに尋ね、
みーちゃんがママの子供だよ、と答えたら
「じゃあ私の孫は?どこにいるの?」
と真顔で訊いてきて
居ないよ、作る相手が居ないww(泣
と答えたら
心底がっかりした顔をされた。

子供なんて、今の時代、
必ず産まなきゃいけないって訳じゃないし
みーちゃんの好きなように生きれば
孫なんて期待してないから

なんて言ってたくせに
『親に孫の顔を見せてあげたかった』
っていう、ありふれた台詞を
私が吐くなんて思いも寄らなかった。

今日は一日中、母のそばで過ごしている。
足先もお腹もぱんぱんに膨れている。
少しでも浮腫が軽くなるように
冷えないようにマッサージする。

会話の途中で意識を失うように眠り
眠りから覚めると、
寝てしまっていたことに恐がる。
眠りと死は似ているのだろうなぁ。

母と抱き合った。
小学校の頃は、母のベッドで
よく一緒に眠ったものだ。
30年ぶりに、母と抱き合って寝た。

泣くまいと頑張っても、
涙が出てしまう。
母は泣かない。
「もう、覚悟は出来てるから。
誤魔化さないから。
なんとか頑張れば生き延びられるとか、
奇跡が起きて元気になるとか、
もう、諦めてるから。」

さめざめと泣く私に
「なんでも言ってみなさい」
となだめてくれた。

さみしい。
これまで言わないようにしてたけど
さみしい。って言ったら

「よく分からないけど…
多分、ママはずっと
みーちゃんのそばにおるよ。
遠く離れたところから
煙たがられないように。
煙たがられると、ママはかなしいから
離れたところからずっと見てる。
だから、こんなことを言ったら
ひどいと思われるかもしれないけど
ママは全然さみしくない」

私は、生まれてきてよかった。
ママの子に生まれてきてよかった。

「ごめんね。
全然いい親じゃなくて
不真面目だったかもしれないけれど
子育てが楽しかった。
ママの人生で一番楽しかった」
と、ひっさしぶりに
とびっきりの笑顔で言った。

入院前に、意識がしっかりしているうちに
たくさん話せてよかった。

覚悟しなくては。
笑顔で見送りたい。

無題

人前で泣くことは
とてもかっこ悪いことだと思っているが
かっこ悪さをさらけ出してまで泣く程、
今、とても辛い状況なのだ、と
自覚すること、及び、
他者に知っておいてもらうことは
大事だと思った。

転倒

ゴミ収集の日
家中のゴミを袋に集めて朝8:45
サンダルを履き、
玄関を出ようとした瞬間
ガタンっと音がした

何か物が落ちたのだろうかと思ったら
「みーちゃん!!」
と悲痛な叫び声がした
駆けつけると母が床に座り込んで
動揺している

「転んだ…
絨毯に靴下が絡まって
空気清浄機に頭と胸をぶつけた…」

見ると右前頭部が腫れて
徐々にゴルフボール大の瘤が出来た
すぐに起き上がろうとする母を制し
ベッドに寝かせ
氷のうで冷やす
こんなに内出血しているのに
痛みは無いという
めまいも吐き気もない
ただ動揺している
涙目の母
怖かったのだろう
私は、冷静を保たねばならない

病院に電話、
朝10時までに
脳外科で受付しなければ
今9:30
救急車を呼ぶか
いや、タクシーで行く

家の前の大通りに出る
タクシーがつかまらない
配車の電話もするがつかまらない
イライラが募る
母の手を握る力がつい強くなってしまう

大丈夫、大丈夫
意識はあるし
話せているし
手足の震えもない

10時の受付に間に合う
脳外科医は
一見しただけで
「もうこれは様子を見るしかないですね」
とだけ言った
触れることなく
CTをとる提案もなく
痛み止めの薬も
普段から服用しているものでいいとのこと
(打った時に痛みを感じないのも
すでに痛み止めを飲んでいるからかも)

緩和ケア科の担当の看護師に相談
CTをとらないのはおかしい!とのこと
予約優先なのでまだしばらく時間がかかる
とのことで、宏ちゃんが来たので
私はタイムアップ

2時間遅れで仕事に行く
すでに疲れた

無題

昨夜のこと。

仕事が終わって夜10時。
スマホを見ると、
午後3時に母からの着信アリ
留守電もメールもない。
何事かと思い、すぐさま電話する。

あぁ。みーちゃん。
ごめぇん。なんでもないの。
解決したの。もう大丈夫なの。

「え?なんだったん?」

なんかねぇ。急にねぇ。
歌手の名前が思い出せんで
イライラして。
もう、無性にイライラして
眠れなくなってねぇ。
でも宏ちゃんが思い出してくれた〜。

「なんだそりゃ…
なんかあったんかと思うたよ」

ごめん。ごめん。大丈夫よー。

帰宅して誰の名前を思い出せなかったのか
問うたところ、えーっと、誰だっけ…
と、また思い出せずイライラし始める。
ふとテーブルの上に置いてある
広告の裏のメモ書きを母が見つけ

ああ!シルヴィ・バルタン

と小さく叫んだ。

「良かったね。思い出せて。
ce soir je serai la plus belle
pour aller à danser…」

と歌ってみせると

そう。それそれ。
と言った。

もう、寝るね。と母が言い、
「分かった。私は軽くごはん食べて寝る」
と、夜食の準備をしていると
突然血相を変えた母が台所にやって来た。

また来た…!
みーちゃん。どうしよう…。

というので、2日前と同様、
強過ぎる薬の副作用で
嘔吐するのかな…と身構えていると

ほら!
すごく歌の上手いフランス人の女の子で
ママが前にCD買って
みーちゃんに貸してあげたやつ!
あの子の名前なんだっけ?!
あぁ!すごい!イライラする…!

と言い出した。

なんなんだ、この症状は。

「待って。調べるから」
と落ち着き払って応えると

さすが、みーちゃん!
みーちゃんが居てくれて良かった!

と感動される。

「私が居てよかったし、
なによりiPhoneを作った
ジョブズに感謝だね」
と気取って言うと

ホントだ。ホントだ。感謝だ
と言った。

母が知りたかったのは
ZAZという
モンマルトルの街角で歌って
有名になった歌手だった。

一体なんだってフランスの歌手を
思い出したがったのだろう。
母の脳にどのように作用しているのだろう。
何はともあれ、母はまだ
しばらくは逝かないだろうなぁと思った。

…と、ここまで書いて思い直す。
今まで大好きだったヒトやモノの名前を
思い出せなくなるのって
辛いことだよなぁ、と。
山口晃や神田松之丞の名前が
咄嗟に出てこなくなるのを
想像すると、ゾッとする。

思い出そうとする気力があるだけ
いいのかもしれない。
そのうち、きっと、
考える力も無くなっていくのだろうな。

今を生きよう。楽しもう。
こうして、youtube
ZAZの歌声を聴きながら
ひとつひとつ好きなモノを噛み締めれたら
それでいいんだ。